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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)372号 判決

控訴人

遠藤正人

外三五名

右三六名訴訟代理人

滝内礼作

外二名

被控訴人

全逓信労働組合

右代表者

下田善八

右訴訟代理人

小谷野三郎

外五名

主文

本件控訴は、いずれも棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、次に付加訂正するほかは、原判決の事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人において、

一、昭和二六年九月施行当時の全逓信労働組合犠牲者救済規定は、「昇給延伸の補償については一時金を支給する。」「昇給延伸の補償についてはその事由発生の日より組合員としての資格を有する間細則一五条の方法により補償を行なう。」と規定し、いつたん支払われた金員について返戻の規定はなかつた。右返戻の規定が設けられたのは昭和三六年七月二〇日である。しかし、この日以後も組合員が任意脱退または管理職に昇進し組合員資格を失つた場合でも、被控訴組合は右返戻を請求しなかつたのであるが、被控訴組合が公共企業としての使命に反する違法な組合活動を続けることに反対の組合員が新組合を設立し、この組合に加入する者が増加するに及んで、被控訴組合から脱退して新組合に加入した者に対し返戻を請求しだしたものである。このような背景のもとに提起された本訴請求は、労働者の組合の脱退の自由と加入の自由とを阻止しようとする点に主たる目的がおかれているのであるから、権利の濫用であるといわなければならない。

二、右にいう補償は、その実質は被控訴組合の命じた違法ストに加わつた組合員の被つた損害に対する賠償であり、それを全組合員が組合に対して分担拠出している掛け金のなかから支払つているのである。したがつて、右にいう補償は損害の賠償であり、恩恵的な贈与でないから、被控訴組合に対しその組合員でなくなつたからといつて、これを返戻する必要はなく、さればこそ被控訴組合は多年の間いつたん支払つた補償金の返戻規定を設けず、またかかる規定を設けたのちにおいても実際にその返戻を求めたことがなかつたのである。それ故、昭和三六年七月二〇日以前に補償を受けた者は、少なくともその者の承諾なき限り、返戻の規定が右期日に設けられたからといつて当然に被控訴組合に返戻しなければならなくなるものではない。また、返戻規定が設けられた以後に昇給延伸処分を受けて補償金を受領した者についても、補償金の右のような性質に鑑みるときは、同様にその返戻義務を否定すべきであるし、かつまた、控訴人らは被控訴組合が公共企業としての使命に反して組合活動を続けるためやむなく被控訴組合から脱退したものであり、このように脱退につき正当な理由のある場合には、右返戻規定の適用はない。なんとなれば、被控訴組合は右のような組合活動を継続するときは控訴人らが脱退するかも知れないことを承知でその組合活動を続けたのであるから、被控訴組合はこの場合故意に脱退という条件を成就せしめた場合に該当し、控訴人らは民法一三〇条の準用により脱退という条件が成就しないものとみなすことができるからである。

三、控訴人土屋計介に対する金九四、〇〇〇円、同白川輝二に対する金九二、九〇〇円の請求分は、昭和三六年七月二〇日の返戻規定制定前において同控訴人らがすでに返還義務のない無条件の補償金請求権として取得していた分であり、これにつきその支払いが右返戻規定後になされたという理由でその返戻義務を課することは、かかる無条件の権利を条件付の権利に変更するものであつて、組合員手当取扱いの原則に反し、許されない。

四、かりに控訴人らにおいて補償金の返還義務があるとしても、控訴人らは被控訴組合から違法ストをなすことの指示を受け、やむなくストに加わつたため昇給延伸の処分を受け、これにより将来にわたつて昇給がおくれ、そのため少なくとも被控訴組合が返還を請求している金額に相当する損害を被つたのであり、被控訴組合は控訴人らが右のように損害を被るであろうことを認識していたのであるから、控訴人らは被控訴組合に対し右金額相当の損害賠償請求権を有する。そして、控訴人らは補償金をこの損害賠償債権の支払と考えて受領し、そのため損害賠償債権の請求をしないでいたのである。しかし、右補償金額の一部の返還を本訴で請求される以上、やむなく右金額については右損害賠償債権と相殺せざるをえなくなつたのである。このような事情で控訴人らの右損害賠償債権については相殺に供しえなかつたのであるから、消滅時効は進行しなかつたものであり、かりに消滅時効が進行するとしても、民法五〇八条によつて相殺しうるものである、と述べ、

被控訴代理人において、

控訴代理人主張の右一に対し、該主張を争い、犠救制度の本質からいつてその恩恵を受けるのは組合員たる地位に基づくものであり、その地位を失つた者が救済を受けえないのは当然である。そして、返戻規定が設けられた時期は控訴人ら主張のとおりであるが、全逓信労働組合犠牲者救済規定八条二号は、昇給延伸に対する救済を「組合員としての資格を有する間」行なうと定めており、返戻規定(昭和三六年改訂規定施行細則一五条(六))は右規定八条二号の解釈を具体的に示したにすぎない。したがつて、右施行細則の改訂前の補償金についても、改訂後のものについてと同様に所定の場合に被控訴組合は返戻を請求することができるのであり、本訴請求をもつて権利濫用と目すべき理由はない。

同二および四に対し、被控訴組合は控訴人らに対しなんら損害の賠償をなすべき義務を負うものではなく、上記犠牲者救済制度は損害賠償とは全く関係のない組合員に対する損失補てん制度であつて、これと異なる見解を前提とする控訴人らの二の主張は理由がないし、また控訴人らは被控訴組合に対して損害賠償債権を有しないから、これが存在を前提とする控訴人らの四の主張も理由がない。

控訴人らの三の主張に対し、上記返戻規定は、被控訴組合の犠牲者救済規定八条二号が昇給延伸に対する救済を「組合員としての資格を有する間」行なうと定めている趣旨を具体化したものにすぎないから、返戻規定制度の前後によつて補償金請求権の性格が変ることはなく、組合員としての地位を失えば請求権を失うことは当初から動かないところであるから、右主張も理由がない、と述べた。

控訴代理人は、原判決九枚目裏から一〇枚目表にかけての4の主張を撤回した。

原判決八枚目表一行目の「当額組合員」とあるを「当該組合員」と訂正する。

理由

当裁判所は、被控訴組合の控訴人らに対する本訴請求は理由があると判断するが、その理由の詳細は、次に付加訂正するほかは、原判決の理由欄に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決一五枚目裏4の部分を除く。

一、原判決一二元目裏二行目の「設けるか否か」の次に「また救済の範囲および方法」を加え、同六行目の「得ない。」の次に「後記のとおり組合員は違法な組合指令に従う義務はないから、組合が公労法一七条に違反する部分ストを指令し、その指令に従つた組合員がかかる不利益処分を受けた場合であつても同様である。」を加え、同一三枚目裏七行目の「至るものと解すべきである。」とあるを「至ると組合が定めることのできることはいうまでもない。全逓信労働組合犠牲者救済規定八条二号が「昇給延伸の補償についてはその理由発生の月より組合員としての資格を有する間、細則第一五条の方法により補償を行う。」と規定しているのは、右の趣旨を明らかにしたものと解される。」と改め、同一四枚目表一行目「前渡金の」から六行目までを、「支給日後の昇給延伸による損失分については、受給者が今後も職員および組合員としてとどまることを前提として、後日逐次支給すべき分をあらかじめ一定の方法で計算支給する前渡金としての性格をもつものと認められるから、もし右受給者について上記計算の基礎とされた期間の中途において退職、組合員たる地位の喪失等損失の補償を受くべき事由が止むような事態が生じた場合には、規定に特段の定めのない限り(かかる特段の定めは、本件の場合これを見出すことができない。)、すでに支給された補償金中その後の期間の損失補償に相当する部分は当然被控訴組合に返還すべきことが予定されているものと解すべきである。」と改め、同裏二行目「不合理な結果」から同三行目までを、「不合理な結果となるが、上記規定がかかる結果を容認しているとはとうてい解し難いからである。」と改め、同一六枚目表七行目の「行動し」の次に「(本件においては指令に従うべく特別に強制されたとの主張立証はなされていない。)」を加え、同裏一一行目ないし一二行目の「承認せざるを得ないが、」の次から同一七枚目表九行目までを、「しかしながら、組合員としては、なお、組合から脱退してその統制から離脱するか、ないしは組合にとどまる場合においても自己の違法と信ずる指令にあえて違反し、その結果受けることあるべき制裁に対しては訴訟等の法的手段によつてこれを争う余地が残されている以上、たとえこれらの方法を選ぶことに実際上の困難があること上記のとおりであるとしても、なおこれをもつて組合員の意思決定の自由を著しく拘束する強制と同一視することはできず、従つてたとえ組合員が組合の制裁をおそれて違法な指令に従つたとしても、特段の事由のない限り、それは結局において自己の責任においてなした自発的行動としての性格を脱するものではないから、その結果その者が不利益ないし損害を受けることがあつても、それは自己の選んだ行動の結果としてみずからこれを甘受するほかはなく、これにつき組合に対して不法行為上の加害者としてその賠償責任を追求しうる限りではないといわなければならない。ただ組合がかかる被害者に対する救済のために本件におけるごとき補償制度を設けることは組合の政策ないしは道義上の問題として当然考えられることではあるが、そのことは法律上における組合の損害賠償責任となんらのかかわりをもたないことは上に説明したとおりである。よつて不法行為に関する主張は、採用することができない。」と改める。

二、当審における控訴人らの主張について。

控訴人らの一の主張について。

右引用にかかる原判決理由二2および上記の付加の説示から明らかなように、全逓信労働組合犠牲者救済規定八条二号は、被控訴組合からの脱退等の事由の発生時以降に対する補償金相当分を保有させておく理由も必要もないことから、組合員としての資格を有する間に限つてその損失を補償する旨定めたものである。そうすれば、補償金中右事由発生時以降に対する分として既に支払われた部分は、被控訴組合としては当然これが返還を請求しうるものであり、昭和三六年改訂の右規定施行細則の設定をまつまでもないころである。同細則はこの趣旨の解釈規定と解すべきである。そうすれば、被控訴組合としては、右細則の設定の有無を問わず補償金の返還を請求できるものといわなければならないから、被控訴組合の本訴請求は正当な権利の行使というべく、控訴人らの主張するごとき事由は、仮にそのような動機や意図が右請求の背後に存するとしても、未だもつてこれを権利濫用と目すには足りず、その他これを肯定すべき事情は見当らない。したがつて、控訴人らのこの主張は理由がない。

控訴人らの二および四の主張について。

被控訴組合が控訴人らに対して損害賠償義務を負うものでないことは右引用にかかる原判決理由二5および上記付加説示のとおりである。したがつて、控訴人らが被控訴組合に対し損害賠償を請求しうる関係にあることを前提として上記補償制度の性格および解釈について主張するところはすべて採用に値せず、また右損害賠償請求権をもつてする相殺の抗弁も理由がない。

控訴人らの三の主張について。

昭和三六年改訂の施行細則の規定が確認的なもので創設的なものでないことはさきに説示したとおりであり、控訴人土屋、同白川は、同控訴人らの主張分の補償金についても、その受領の時期にかかわらずこれが返還の義務を免かれないものであるから、これと異なる見解に立つ右主張も理由がない。

そうすれば、被控訴組合の本訴請求を認容した原判決は相当であり、控訴人らの控訴はいずれも理由がないから、これを棄却すべきである。

よつて、民訴法三八四条一項、九五条、八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(中村治朗 鰍沢健三 鈴木重信)

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